質問者:ゃべちさん
最近はゴミのリユース/リサイクルが進んできました。分別し再度使うのも良いのですか、例えばコンビニ弁当の容器。洗って捨てる時はプラスチック(資源ゴミ)ですが、水=川を汚します。洗わずに捨てれば資源を焼却してしまいます。どちらがエコなんでしょうか。
思い起こしてみれば、たとえば自分が子供であった20~30年前には、これほどゴミの分別は意識されていなかったと記憶しています。その時代ごとに考える取り組みとして、現代では分別がその一つなのでしょうね。ところでプラスチックを洗って水や川を汚してしまうのと、焼却してCO2を排出してしまうのと、どちらが問題かについて。おそらく環境問題の専門家でも具体的に数値化するのは困難ではないでしょうか。分析や考察はその道の方に一任しちゃいましょう。つまり、再生・再利用を提唱されている容器はそのように、そうでない容器はゴミ出しで良いと思います。このように地球の未来を案じるその意識こそが大切で、それで十分エコかと思いますよ。
質問者:ミニブタさん
最近、仕事中にいろいろな矛盾を感じます。仕事をしないのに給料が高いおじさん、電気つけっぱなしの無人の空間、トイレでおしゃべりする女子・・会社は経費削減ばかり訴えて、残業減らせと言います。トイレに行く暇も無いほど仕事をしているのに、残業代減らせと言われ、一方では無駄なことを野放しにしている、そんなことに矛盾を感じます。何のために仕事をしているのだろう・・頑張って仕事することも無駄なのでは?・・頭の中でスパイラルです。矛盾・無駄って考えをどう処理したらいいでしょうか?
私がミニブタさんの勤める会社の様子を知っているわけではございませんので何をかいわんやですが、経費削減等の効率化は、例に出されている電気の付け放しや就業中のおしゃべりも含めて図られるべきだと思う次第です。野放しということは、言及されていないということではないでしょうか。気付いた人に提唱してもらうことが必要かと存じますが、つまりここでは、ミニブタさんがその一役を担うことになるかもしれませんね。矛盾・無駄の処理につきましては、人の決めたルールに則るのみならず、自らの言動や行動も不可欠かと思われます。スパイラル脱却の一助となれば幸いです。
質問者:しゅうさん
先日観た映画で棺が、人生最後の買い物、三面彫りで三十万。
とありました。調べると百万とかするものもあるそうです。マイケルジャクソンのようにあの状態で安置されるなら納得もいきますが、ほとんど数日以内に煙となってしまう物。割り箸の比ではないかと思われます。アメリカのドラマで観た仏教徒の為のものは、靴箱の大きい形でした。流石、合理主義の国と思いましたが日本もやっとダンボール製の商品が発売されました。しかしまだまだ認知度が低くお高い様子です。木工が趣味の私としましてもせっかくの作品が役目を果したとしても3日程で煙と化するのも辛い気がします。文化と言われれば言葉もありませんが・・・
そうですね。確かに考えさせられるお話ですが、突き詰めると、故人の骨も燃やさず全て土に埋めよ、ということになってしまわないかが気懸りです。ここはエコブログという場につき、エコ視点に基づいたご意見をお寄せいただいてはおりますが、全ての事柄にエコを当てはめるというよりは、日常生活の折にふれ手軽に実践できることが肝要かと考える所存です。非日常である人間の最期については、棺が木製でもダンボール製でも言及せず、型にはめずともよいかと思われますがいかがでしょうか

ネーム:白石 昌則
性 別:男
血液型;O型
出身地:東京都
●1969年東京都昭島市生まれ
●1994年早稲田大学生協に入協、
●2004年東京農工大学生協に異動
●2008年11月より、生協インターカレッジコープに店長として異動、現在に至る。
座右の銘は「賞味期限」
▼大学生協東京インターカレッジコープ
ホームページ
http://www.ticc.ne.jp/












